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難問を解く理性と、難問解決を喜ぶ感性

夢の中で、僕はトランペットを吹いていた。

ヴェルディの「アイーダ凱旋行進曲」。サッカーの応援歌として有名な曲だ。

大勢での合奏の中で、自分はときどき音がかすれたり、めちゃくちゃ調子はずれな音を出したりしていた。

それでも、全体ではとても歯切れよく、勇壮なマーチを奏でていた。爽快な気分だった。

目が覚めて、予感があった。「今日はいける」。

段取りの多い仕事を抱えていた。期限はタイト、だが進行は遅れ気味。完成形を提出する必要はなかったが、どこまで仕上げるべきかを見極める余裕がなかった。

しかし、その朝は、前日までの心の靄が晴れ、やるべきことの道筋が見えていた。なにより、「今日中に片がつく」という確信があった。

さて、実際はどうだったか。

提出前の書類にとんでもないミスが見つかった。確認もれもあった。しかし、その日のうちに大枠はできあがり、とりあえず提出することができた。ミスを発見できたのも、段取りが大幅に進んだことの結果だ。まわりにも助けられた。

自分はダメダメだったが、仕事自体はサクサク進んだ。夢の中の「アイーダ」のように、爽快な気分だった。

あれは予知夢だったのだ。僕には未知のパワーが備わっている。

…なんて言うつもりはありません。「アイーダ」は昔、吹奏楽部で演奏したことがあったので、たまたま思い出しただけ。音がはずれたのを書類のミスと結びつけるのも、かなり無理なこじつけだと思います。

ただ、勇ましいメロディがその日ずっと頭に残っていて、それで僕の気持ちが鼓舞されて仕事がはかどった、というのも否定できないんですよね。なぜこの曲だったのか。

将棋の加藤一二三さんは、現役時代、勝ちが見えてくると頭の中でモーツァルトの「大ミサ曲」が聞こえてきたそうです。おそらく「グローリア」の部分だろうと思います。天上からぱあっと光が差してくるような、勝利の予感にふさわしい音楽です。

ひふみんは敬虔なカトリック教徒なので、「天のいと高き所には神に栄光あれ」と合唱が高らかに歌うこの曲に感情移入しやすい、ということはあるでしょう。しかし、ここで注目したいのは「勝ちが見えると音楽が聞こえる」ということです。「勝ちが見える」とは、ゴールに到達するまでの道筋が見え、確信をもって進むべき方向に進むことができる、という状態だと思います。もはや迷ったり躊躇したりせず、やるべきことをやるだけ。

そういう状態は、誰にでも訪れるものだと思います。複雑さの違いはあっても、迷いが晴れる瞬間はある。ただし、その瞬間の「感じ方」には違いがあり、敏感に気づく人もいればあまり気づかない人もいるようです。敏感な人は、その瞬間に気持ちが劇的に切り替わり、行動にはっきりとした変化が起こります。

「迷いが晴れた」状態というのは、いわば「言葉で考えることから解放された」状態なので、意味のある言葉ではうまく表現できません。人によっては、カラフルな絵やきれいな風景が思い浮かぶかもしれません。ひふみんの場合は音楽です。僕が夢で聴いた「アイーダ」も、迷いが晴れたことを告げる音楽だったのだと思います。

仕事が首尾よく終わったときに喜びを感じる人は多いでしょう。では、終わりが「見えた」ときはどうでしょうか。途中の段階で完成形が見えたとき、「核心をつかんだ!」という喜びを得られるでしょうか。

余談ですが、棋士は対局に「勝った」とき(相手が投了したとき)にはあまり喜ばないようです。礼儀を重んじるということもあるでしょうが、それ以上に、勝ちが見えた段階で、心の中で十分喜んでいるからでしょう。

ひとことで言えば「勘」とか「ひらめき」ということになりますが、もちろん単なる当てずっぽうではなく、経験の積み重ねに裏打ちされたものです。しかし、経験だけでもだめで、その案件に自分がのめりこんでいるかどうか、気持ちが乗っているかどうかにも左右されます。

では「気持ちが乗る」とはどういうことか。

僕が思うに、経験は理性の領域だけど、「気持ちが乗る」感覚は感性の領域。言葉で伝えるのは無理だと思います。仕事はもとより、スポーツや学問、芸術など、自分でさまざまな経験をすることによって、その感覚をつかむしかない。

逆に、「気持ちが乗る」感覚をつかめている人は、そうでない人より、経験が少ない分野の仕事に就いたときも「勘」が働くようになるまでが早い、あるいは、より強く「勘」が働くと思います。

「感性」といっても、難しい話ではありません。僕の場合は、子供の頃からやたらとたくさんのジャンルの音楽を聴いていたので、感情の動きに合わせていろんな曲が頭の中に思い浮かびます。思い浮かんだ曲によって、さらに感情が揺さぶられる。なぐさめになったり、勇気の源になったりする。言葉にすると陳腐ですが、知識や経験とはちがう次元で、僕の人生を豊かにしてくれています。

仕事の問題を解決するには、とことん自分で考える、理性の力が必要です。と同時に、理性がうまく働くための「ごほうび」も必要です。それが、問題解決の糸口を発見したときの喜びであり、それを感じる「感性」だと思います。